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20歳のソウル 演出ノート

20歳のソウル

演出ノート    2022年7月7日



映画「20歳のソウル」は

四つの章で構成しました



第一章 大義の回想

第二章 仲間たちの大義への想い

第三章 165人目の参列者

第四章 永遠なる未来へ




大義くんの青春の煌めきを描いた第一章は

大義くんの頭の中で走馬灯のように駆け巡る

人生の煌めきを描いています



ダイジェストみたいに駆け足

なのではありません

ダイジェストそのものなのです



終盤

ベッドで目を閉じる大義くんが

ゆっくりと手を上げ指揮をする


いつか訪れる死を意識した大義くんが

ベッドの中で思い描く

走馬灯のような

自分の青春



POV(視点)は

大義くん本人なので

想い出は美化されます


記憶は鮮やかな色となり

空はいつも

ブルーに澄んでいます


心で浸りたい青春の日々


それは

実は最初から脚本に書かれています


高校時代は

未来からの

回想シーンなのです




夏月、福本莉子さんの登場

第二章からは

がらりと視点は変わります


大義くんからの視点はありません

大義くんに関わった仲間や

家族や先生から見た

大義くんの人生となります



色は鮮やかな時もあれば

どんよりとした時もあります



客観的な時間は

我々の人生の中では

毎日、ある時は退屈ともいえる

日々を同じリズムで刻んでいきます


その視点はときおり

「死」や

「時間」

にもなります



それは

神様から見た

人間の営みであったり


死を避けることは出来ない

人の定めであったり


視点は冷ややかで

ある意味冷酷

残酷とも言えるかもしれません


第二章の終盤


なにもかもを

感じながら

ベッドで目を閉じる大義くんが

ゆっくりと手を上げ指揮をする


あの時に見た

走馬灯のような

自分の姿が


第一章の青春編です 



時系列を入れ替えて

物理的時系列に

再構築しています



クライマックス

定期演奏会のシーン

天からの視点です


ここから

視点は

優しく大義くんを包みます



斗真たちが

夜明けを撮影しているところから

第三章が始まります



目線は

神様や

先生や

家族や

仲間たちの誰かではなく


いま映画を観てくださっている

ひとりひとりになります


大義くんは

静かに強く

全てを受け入れていく


観ている僕らは

それを認めたくない


164人の市船ソウルは

観客の皆様に

告別式の参列者となってもらい

ホームビデオで

撮影する係として

大義くんの生きた証を

記憶に焼き付ける



ドキュメンタリーのように

撮影した

という言葉は

ダブルミーニングです



20歳のソウルは

大義くんのドキュメンタリーであるとともに

観ていただいている観客の皆様

ひとりひとりの

ドキュメンタリーでもあるのです



観てくださった方を

映し出す

鏡のような映画を目指しました



時間は

絶対的なものではなく

相対的なものです


中井さんの本は

いつも

死生観や

宇宙観を

感じながらのものであり


永遠と刹那が

書かれているので


その哲学を

大切に演出させていただきました



第四章は

ミナの赤ちゃんの写真から

ラストまで


未来の我々を見つめる

大義くんの目線です



大義くん

今日も僕らは

神様からもらった

かけがえのない一日を

大切に生きてるよ



我々から

大義くんに

語りかける章でもあります



20歳のソウルは

大義くんの物語であるとともに

観てくださった皆様

ひとりひとりの物語です



浅野大義くんの生きた証が

観てくださったひとりひとりの

生きた証となりますように



中井さんから始まる

命の物語のバトンを

皆様に

繋ぐことが

出来ますように





2022年7月7日  

20歳のソウル 監督  秋山純

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